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鳳凰于飛

 本日はとある暦よれば

鳳凰日という日らしいです。

折角なのでちなんだ四字熟語を。


『鳳凰于飛(ほうおううひ)』

「鳳凰とは鳳のことであり

 鳳が雄、凰が雌とされ

 おおとりは

 つがいになって飛ぶことから

 夫婦仲がとても良いこと」

とされています。

何とも良い感じの言葉に巡り合いました。

比翼連理』なども同じような意味合い。


前回の時に

某医療生協理事αの

軽はずみ発言をあげていたので顛末も…

実際に頃中で大変な病院があるにもかかわらず

その病院はお金が余ったと

内装工事をしてお金を浪費しています。

浪費するくらいなら

返せばいいのにと思うのは…

実質、日本の国の財政を圧迫する施策だから

もちろん必要なところは活用するのはいいのです。

でも使わないと返さないといけないから

早急性もない工事をする。

それは人間としてどうなのだろうか。

共産党主義の人が多い中で

やっていることは

掲げている理想とは全く違う行為。

それってただ口にしているだけで

実践など最初からしない行為なのだろうか。

反体制を掲げるなら飢えても踏ん張る

意地くらいはみせてもらいたい。

たった一人

軽はずみなことを言うだけで

何処の政党を推しているわけでもない人が

簡単に反共産主義に意見をもつ。


それにしても

いつになったら

夫婦が経営者にいると犯罪を起こす

論拠を示してくれるのだろうか…

本当に口だけの人間…


だからそうならないよう生きていく事を

小生たちは学ぶわけですが

一人では飛び回ることはできなくても

パートナーとの時間が

小生を飛ばせ

雄大な世界へと導いてくれます。

夫婦とは

互いに支えあい

正を守りつつあるものであり

それをきちんと言い合えるからこそ

一緒に過ごせるものです。


こんな足り前のことを知らないとは

夫婦仲はそれほどまでに

冷えきった「勝手にどうぞ」な

関係なのかもしれませんね。





 

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